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自分勝手に私。

単なる自己満足ブログになると思います。笑 メール:kensho.tottori@gmail.com

くまもんプロジェクト②

 

鳥取の人に震災について関心を持つキッカケを作る
 
知らない と言うのが正直なところです。
 
知らない と言うのは震災があったことが知らないというわけではないのです。やはり当事者にしか分からないことがあると思うし、第三者には分かり難い所もある。だから、当時鳥取にはいた僕らは当事者の意識は分からないのです。
 
中には熊本地方に知り合いや家族がいる方がいて、当事者意識がある人はいますが、それ以外の鳥取の方にはその意識が伝わりにくいし、それは仕方がないことだと考えています。
 
それでいいのか…
 
まぁ、確かに仕方がないことだと思うのです。
ここ鳥取ではかすかな揺れしか感じませんでした。距離を置いた熊本や被災地での被害について物理的に理解することは難しいのです。
 
知らないより知る価値…
 

 

 

 
 
ここではいつもと同じ風が吹いている。
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何気なく生活していればよその県のことが見えなくなってくる。きっと熊本地方で震災があったことを知らないと言う人は少ないでしょう。しかし、現在の熊本がどのような状況で、何が必要で、僕らに何ができるのか。そこまで深く知っている人は少ない。そもそも関心を寄せる機会が少ない。もちろん関心を寄せなくても、そのせいで熊本地方の震災について何も知らなくても、日常には何の弊害もない。でも、少しでも関心を持つことと、なにも知らないことだとどっちがいいかと考えた時、僕は知ることに価値を感じた。熊本震災に着いて知ることにより、自分の知識も増えるだろうし、誰かと話す話題も増える。しかし、一番の価値はそこではなく、"0から1"にあったと思う。何も知らない人が何かを知るキッカケをつかむ。0だったものが1になる瞬間。それが0から1。
 
あくまで主観だが、被災者の気持ちになって考えてみた。正直、今回の震災は誰も悪くない。自然の猛威は突然襲ってくるから。そんな状況で被災してしまったとき、物理的に"必要"なのはお金や食べ物などの物資とボランティアなどの人など。そして、それらはできる人しか提供できない。よって、もともと"それ以外の人"たちから何か提供して貰えるなんて期待していない。
 
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そんな中、それ以外の人たちが出来ることは、やはり「知ること」
今それ以外の人にできる0から1であり、それ以外の人たちができる最大のコミットだと思う。
 
多くの人が0から1になり、熊本を知るキッカケをつかんで、そこから自分にできることを探し、"できる人"が増えていけばいいなぁ。

 

 

 
実はそんな思いがあった くまもんプロジェクトでした😁✨f:id:kensho0406:20160531175053j:image