自分勝手に私。

単なる自己満足ブログになると思います。笑 メール:kensho.tottori@gmail.com

【わたしについて】〜小学校時代〜 コンプレック

 

 

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家の話をするのが大嫌いでした。

 

 

 

両親は離婚していて、僕は父と一緒に父方のお父さん、お母さんの所に来ました。僕からしたらおじいちゃんと、おばあちゃんです。

 

おじぃ。おばぁ。めちゃくちゃ優しい人です。

 

毎日寝ているときに、布団ちゃんと被っているか部屋に確認しにきます。

 

朝・昼・晩のご飯は毎日大盛りで出してくれました。

 

「人並みのいかつをさせてあげたい」

 

そんな思いで僕はおじぃ、おばぁに育てられました。

 

お父さんっ子だった僕は、父と人情に溢れているおじぃおばぁと暮らしていたんです。

 

とはいえ、もともとおじぃおばぁの家はお金がなく、すごく家もふるいんです。笑

 

でも、僕と父が困っていたので、やさしいおばぁ達は僕らを引きってくれたんです。

 

 

 

小学校の1年生の頃、おじぃが授業参観に来てくれました。

 

ちょうどその時、親子で協力して行うワークで、僕はおじぃと協力してやっていました。

 

すると、どこからこんな声が聞こえたんです

 

 

 

「けんしょうのとこ、おじいちゃんがきてるー」

 

 

 

だからなんだよ。

 

ってツッコミたくなりますが、当時はなぜかその言葉がものすごくショックで

 

「二度と家族を学校には呼ばない」

 

と決めていました。

 

 

 

ある程度ものごころがついてきた小学4年生の頃。

 

クラスのイケイケな女の子たちが僕に群がってくるのです。

 

「好きな女の子のタイプなにー?」

 

「けんしょうっておもしろいー!」

 

「グループ一緒になっていい?」

 

 

 

 

 

こいつら絶対俺のことすきだろぉおぉ!!!

 

 

 

 

 

そう思っていました。

 

その中には気になっていた子もいて、学校は毎日楽しかったです。

 

ある日、僕が一人で帰っているとこんな声が聞こえてくるんです。

 

 

「キャー、バレる!」

 

「ちょと静かにしてっ!」

 

 

そう、イケイケな女の子たちがついてきていたんです。

 

 

かっこつけて気づいていないふりをして歩いていました。

 

彼女たちはひたすら僕との距離を一定に保ったままついてきました。

 

そして家につき、いつものように家に入ったんです。

 

やはり彼女たちのことが気になり、しばらくドアの隙間から様子を伺っていました。

 

 

 

 

 

「ここがけんしょうの家?」

 

「ふるくない?」

 

「もーかえろー」

 

 

 

ショックでした。

 

勝手についてくるんじゃねぇよ、ばーか!!

 

築35年以上あるおじぃおばぁの家なめるな!!

 

 

 

一人泣きながらそう呟いていました。

 

 

 

 

 

ある日、友達のお母さんからこう尋ねられました。

 

 

「お父さんとお母さん何してるの?」

 

 

お母さんはいなくて、お父さんはなんかアルバイトしています。

 

 

当時の父はおじぃおばぁに僕を預けて、自分は自分が遊ぶだけのお金を稼ぎ、生活していました。

それでいて酒癖がわるく、扇風機を投げつけられたこともありました。

 

 

「お母さんとお父さん離婚しているんだ〜。しかもアルバイトって、、」

 

 

なんだよその軽蔑した眼差しは。

 

 

またまたショックでした。

 

 

 

 

とにかく、家族や、お家や、お父さんにいろいろあって「家」がコンプレックスだったんです。

 

だから、小学校から高校までの間で友達をお家に入れたことは、数えられるくらいしかありません。

 

授業参観も一度も呼んだこともありません。

 

 

 

おじぃおばぁと暮らしているのだけで、、、

 

お父さんが酒好きで、ろくに仕事もしないせいで、、、

 

両親が離婚しているせいで、、、

 

家が古いせいで、、、

 

 

 

こんな家大嫌いでした。

 

小学生ながら一人暮らししたいと願っていました。

 

友達と遊んでいる時なんて、絶対に帰りたくない、と思っていました。

 

他に帰る場所があるんじゃないか。

 

なんて考えたりもしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

、、、そんな中ある転機が訪れるんです。

 

 

続きはあした♩

 

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